『ボディビルダー』映画レビュー|「なれなかった」ことが残す余韻
この映画をひと言で言うと
ボディビルを軸にした狂気の成長譚。支えを受け取れない孤独な男の物語。「ジョーカー」の予感を帯びながら、まったく別の場所に着地する。
作品の背景・前情報
監督: イライジャ・バイナム
脚本: イライジャ・バイナム
出演: ジョナサン・メジャース(キリアン・マドックス)、ヘイリー・ベネット(ジェシー)、ハリソン・ペイジ、テイラー・ペイジ、マイク・オハーン ほか
ジャンル: ドラマ/心理スリラー
上映時間: 123分
原題: Magazine Dreams
配給(日本): トランスフォーマー
公開日: 2025年12月19日
その他注目点: 2023年サンダンス映画祭でプレミア上映後、主演俳優ジョナサン・メジャースの逮捕やハリウッドのストライキにより公開が大幅に遅延。約3年を経てようやく日本公開となった経緯を持つ。製作総指揮にメジャース自身も名を連ねている。
あらすじ:
世界一のボディビルダーを夢見る青年キリアン・マドックスは、極限まで肉体を鍛えながら孤独な日常を送っている。家族との断絶、社会との距離、他者との不器用な接触。ボディビル雑誌の表紙を飾ることを目標に掲げながら、彼の内側では制御しきれない何かが膨らみ続けている。
作品のテーマについて
「ボディビルダー版ジョーカー」というコピーが先行していたが、本作が描こうとしているのはその予感とは微妙にずれた場所にある。
極限まで肉体を鍛えるという行為は、自己制御の証であると同時に、制御できない内面の裏返しでもある。キリアンの筋肉はその両義性を体現している。しかし本作の中心に据えられているのは、狂気の連鎖ではなく、支えてくれる存在に気づきながらもうまく受け取れないという弱さだ。
テーマは比較的明確に提示されており、観客に難解な解釈を強いる構造ではない。ただ、その単純さが後半の余韻を複雑にしている。
表現について
まず印象に残るのは、肉体の撮り方の執拗さだ。筋肉の美しさと異様さが画面から直接伝わってくる。ボディビルという競技を内側から描いている映画は少なく、その点で本作は独自の記録性を持っている。
123分という尺を感じさせないのは、物語の展開が多層的で、テンポが均一でないためだ。重い題材でありながら、観ていて飽きが来ない構成になっている。
中でも印象的なのが、キリアンとジェシーのデートシーンだ。会話の間、視線のズレ、場の気まずさ。そこで描かれる不器用なやり取りは、キリアンという人物の内面を余計な説明なしに端的に表している。ジョナサン・メジャースが肉体そのものを役柄として成立させている場面のひとつだ。
残った印象
(ネタバレ注意)
観終わったあとに残るのは、はっきりしない感触だ。キリアンは最終的に「ジョーカー」のアーサーや『タクシードライバー』のトラヴィスのような存在にはならなかった。それが救いなのか、それとも心に爆弾を抱えたままなのか。祖父に認められたことで一見ハッピーエンドのようにも見えるが、その先は描かれない。判断は観客に委ねられている。
「なれなかった」「ならなかった」という事実が、静かに残る映画だ。
まとめ
『ジョーカー』や『タクシードライバー』が社会的状況によって生み出された暴力の臨界を描いてきたのに対し、本作のキリアンは、社会的な問題だけでなく個人的な弱さもあわせて抱えた存在として設計されている。個人の物語を軸にしながら、そこに社会的な歪みがうっすらと重なる構造だ。
2年以上の公開遅延を経てようやく届いた作品として、それ以上に評価されるべき密度を持っている。決して明るい映画ではなく、観る人を選ぶ。それでも、『ジョーカー』や『タクシードライバー』に惹かれた観客にとって手に取る価値のある一本だ。
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