アカデミー賞はいま、変わろうとしている|仕組みから読む、世界最高権威の現在地(第98回を前に)

アカデミー賞はいま、変わろうとしている|仕組みから読む、世界最高権威の現在地(第98回を前に)

3月15日、第98回アカデミー賞の授賞式がロサンゼルスで行われる。毎年この時期になると「アカデミー賞で誰が取った」「何部門ノミネート」という言葉がメディアをにぎわせるが、そもそもこの賞が何なのかを整理して知っている人は意外と少ない。「名前は知っている、なんか権威ある賞らしい。」そのくらいの感覚で受け取っている人は多いと思う。

1929年の晩餐会から始まった

アカデミー賞の第1回授賞式は1929年。主催は「映画芸術科学アカデミー(AMPAS)」という、ロサンゼルスを拠点とする映画業界の非営利団体だ。1927年に設立されたこの団体が行った第1回の式典は、270人を招いた晩餐会だった。今年一番良かった映画を称えるのは、その余興として始まったとされている。

この出発点を押さえておくことが、アカデミー賞を理解する上でおそらく最も重要なことだ。これは国が主催する賞でも、批評家が選ぶ賞でも、観客が投票する賞でもない。映画業界の、業界人のための、業界内部の賞として生まれた。

「作る側」が選ぶ賞

現在、AMPASの会員数は約1万1000人。俳優・監督・プロデューサー・撮影監督・音響・編集など、映画製作に関わる17の部門の業界人で構成されている。加入は招待制で、一定の業績を上げた人物が選ばれる。過去の受賞者やノミネート者は自動加入となる仕組みだ。

つまり、アカデミー賞を選ぶのは評論家でも映画ファンでも一般観客でもなく、映画を作る側の人間だということになる。海外の映画レビューサイト「ロッテン・トマト」は批評家スコアと一般スコアを並列で表示しているが、この2つがしばしばズレるように、アカデミー賞の評価はさらに別のレイヤーにある。制作側の視点から「この映画の何がすごかったか」を問う賞であり、それが他の評価軸と一致しないこともある。

ノミネートから授賞式まで、約2ヶ月の政治

受賞式は3月だが、実質的な選考は数ヶ月前から始まっている。1月に発表されるノミネート作品は、映画館での7日以上の連続上映など一定の条件を満たした作品の中から、各部門の会員投票によって決まる。

ここからが面白いところで、ノミネート発表後から授賞式までの間、各映画の制作会社は会員向けの試写会を開き、業界紙に広告を打ち、パーティーを開く。会員の好感度を上げるためのキャンペーン期間が本格的に始まるのだ。競合作品に対してネガティブな評判を流す動きも、過去には報告されている。

ゴールデングローブ賞やBAFTA(英国アカデミー賞)、全米製作者組合賞(PGA)といった「前哨戦」と呼ばれる賞が1〜2月に続くのも、こうした文脈で見ると意味が変わってくる。どの作品・どの俳優が今年の本命とされているか、前哨戦での結果とスピーチの内容が、本番の票に影響を及ぼす。アカデミー賞は「当日の一発勝負」ではなく、数ヶ月かけて形成されていく選考プロセスなのだ。

#OscarsSoWhiteという転換点

アカデミー賞が「変わる」きっかけとなったのは、2015年に起きた一つの出来事だった。

その年の演技部門のノミネート20枠が、すべて白人俳優で占められた。翌2016年も同じことが繰り返された。この状況に対してSNSで広まったのが「#OscarsSoWhite」というハッシュタグだ。活動家のエイプリル・レインが2015年1月に投稿した言葉が起点となり、ハリウッドの白人中心主義への抗議運動へと発展していった。

アカデミー賞を受け、AMPASは2020年までに女性・非白人・非米国籍の会員を積極的に招待するという目標を設定し、2020年の新会員クラスは「女性45%、人種・民族的に過小評価されているコミュニティ36%、68ヵ国からの国際的メンバー49%」という構成を達成したと発表した。

USC Annenbergの調査によると、ノミネートにおける過小評価グループの割合は、2008〜2015年の8%から2016〜2023年の17%へと倍増した。女性候補者の割合も同期間に21%から27%へと上昇している。数字として変化は起きている。ただし、2025年時点で女性の割合は36%(2015年の26%から上昇)、人種・民族的に過小評価されているグループは23%(2015年の10%から上昇)に達しているが、依然として「圧倒的に白人かつ男性」の投票集団であるという見方もある。変化は進んでいるが、完了してはいない。

2017年、封筒が取り違えられた夜

#OscarsSoWhiteの翌年に起きたもう一つの事件は、アカデミー賞の歴史でも最も語り継がれる出来事になった。

2017年の授賞式で、作品賞の発表を担当したウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイが、誤って主演女優賞(エマ・ストーン/『ラ・ラ・ランド』)の封筒を渡されてしまった。ステージ上でダナウェイが「ラ・ラ・ランド」と発表し、キャスト・スタッフが壇上に上がり、スピーチが始まったところで誤りが判明。『ムーンライト』が真の受賞作として訂正されるという前代未聞の事態が生じた。

この事故が象徴的だったのは、偶然にも作品賞を受けたのが、黒人主人公による低予算作品だったという点だ。『ムーンライト』は全黒人キャストの作品として、またLGBTQをテーマにした映画として初めて作品賞を受賞した。#OscarsSoWhiteへの問いかけが続く中でのこの受賞は、当時の映画界のムードを色濃く反映したものとして記憶されている。

『パラサイト』が示したもの

2020年の作品賞受賞作はポン・ジュノ監督の韓国映画『パラサイト』だった。英語以外の作品がアカデミー賞の作品賞を受賞したのは、92年の歴史で初めてのことだった。さらにこの作品は、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールも受賞しており、業界賞と芸術賞の両方から認められた稀なケースとしても語り継がれている。

アカデミー賞の会員構成の多様化が進んだ結果として生まれた受賞だったのか、それとも作品の圧倒的な力がそれを超えたのか、どちらの評価も成立する。いずれにせよ、この受賞はアカデミー賞の「変化の可能性」を具体的に示す出来事として残った。

第98回からの新しいルール

今年の第98回から、一つの重要な変更が加えられた。会員は各カテゴリーのすべてのノミネート作品を鑑賞してから最終投票を行うことが義務付けられた初めての授賞式となる。それまではノミネート作品を全部見ていなくても投票できる状態が続いていた。

鑑賞の確認はAcademy Screening Room(会員向けの映像配信プラットフォーム)を通じた視聴記録によって管理されるとされているが、「自分の時間はあまりにも貴重で、投票しないと分かっている映画を観ている暇はない」という匿名の会員の声も報告されており、ルールの実効性については議論が続いている。

また今年はもう一つ、新部門として「Achievement in Casting(キャスティング賞)」が新設された。2001年の長編アニメーション賞以来、初めて新設される競技カテゴリーとなる。映画の制作において長年その貢献が不可視化されてきたキャスティング・ディレクターを正式に評価対象とするこの変化は、技術スタッフへのリスペクトという観点からも注目されている。

賞を、どう受け取るか

アカデミー賞の起源は業界内部の晩餐会であり、選ぶのは約1万人の招待制の会員であり、選考には数ヶ月の政治的プロセスが介在する。それが「世界最高の映画賞」として受け取られている。

この構造を知ったうえで、それでもアカデミー賞への関心が消えないのは、「その年に映画界に何が起きたか」を映す鏡としての機能がこの賞にあるからだと思う。#OscarsSoWhiteに揺れ、ムーンライトの夜を経て、パラサイトへ至るまでの流れは、映画の外にある社会の変化と無関係ではない。業界の内側から出てきた賞が、社会の圧力に押されながら少しずつ形を変えていく。その動きを追うことが、映画の見方の一つになりうる。

アカデミー賞を取ったから傑作、というわけではない。ただ、なぜその作品が取ったのかを考えることは、単純に面白い問いになる。

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