『Michael』映画レビュー|IMAXで体験するキング・オブ・ポップ

『Michael』映画レビュー|IMAXで体験するキング・オブ・ポップ

この映画をひと言で言うと

マイケル・ジャクソンの楽曲と再現パフォーマンスに圧倒される127分。ただ、映画として問われる脚本の強度が、その音楽の強度に十分追いついていたかは、見終わってしばらく経っても引っかかりとして残る。

作品の背景・前情報

監督

アントワーン・フークア

脚本

ジョン・ローガン

出演

ジャファー・ジャクソン、コールマン・ドミンゴ、ニア・ロング、マイルズ・テラー、ローラ・ハリアー、ケンドリック・サンプソン

ジャンル

伝記ドラマ、ミュージカル

製作国・年

アメリカ/2026年

上映時間

127分

その他注目点

製作にグレアム・キング(『ボヘミアン・ラプソディ』)。主演ジャファー・ジャクソンはマイケルの実の甥であり、本作が映画デビュー作

あらすじ

野心家の父ジョセフのもとで厳しいレッスンを受け、「ジャクソン5」のメンバーとして幼くして成功を収めたマイケル・ジャクソン。名プロデューサーのクインシー・ジョーンズと出会い、ソロアーティストとして歴史的名曲を生み出していく。栄光の裏にある孤独感、父の呪縛、家族への愛と自身のビジョンとの葛藤を、1960年代のジャクソン5時代から1980年代後半のBADツアーまでを軸に描く。

作品のテーマについて

この映画が据えようとしたテーマは、おそらく「家族」だろう。強権的な父ジョセフとマイケルの関係が軸に置かれており、そこに孤独感や葛藤が重なっていく構成になっている。

ただ、そのテーマがやや弱く感じた。ジョセフが完全な悪役に徹しきれていないことが一因かもしれない。「周りにイエスマンばかり置くと良くない」「マイケルがどんどんわがままになる」彼の言葉には、厳しさの中にも一種の正しさがあって、単純な対立構造に落ち着かない。それ自体は面白い設計とも言えるが、結果として葛藤の焦点が少しぼやけてしまっている印象がある。

「ビート・イット」のMV撮影でギャングを集めるシーンなども、創造への情熱として描かれつつ、見方によってはジョセフが心配していた方向性そのものでもある。映画がその二重性を意図的に提示しているのか、処理しきれていないのか、そこが判然としないまま進む場面がいくつかあった。

また、マイケルの才能を周囲が過剰に崇めるような描き方が続くことも、物語の重心をやや不安定にしているように感じた。ジョセフの「イエスマンばかりになる」という忠告は、まさにその構造を指していたはずだが、映画自体がその忠告を体現してしまっているような印象もある。マイケルを神格化することで生まれる平板さは、批評家の間でも指摘されているところで、それがドラマとしての緊張感を弱めている可能性はあるかもしれない。

物語はBADツアー(1988年)で幕を閉じる。サクセスストーリーとして完結している。90年代以降の外見の変化、スキャンダル、裁判、、、あの時期のマイケルにこそドラマとして豊かな素材があったとも思えるだけに、そこに踏み込まないまま終わることへの物足りなさは残った。

表現について

IMAXで体験すると、この映画の魅力がいちばんよく伝わる。

「スリラー」「ビート・イット」「ビリー・ジーン」マイケルの楽曲が大音量で鳴り響く体験は、それだけで十分に価値がある。主演ジャファー・ジャクソンの歌唱とダンスの再現精度は高く、「似ている」という域を超えて、マイケルのパフォーマンスそのものの記憶を呼び起こすような瞬間がある。

映像演出については、もう少し別のアプローチもあり得たかもしれないと感じた。マイケルの楽曲はリズムがパキッとしていて、映像編集との相性が鋭い。バズ・ラーマンが『エルビス』で見せたような激しいカット割りと音楽の衝突。あの方向性の方が、マイケルの音楽の性質には合っていた可能性もあると思う。アントワーン・フークアの演出は手堅くオーソドックスで、それ自体は悪くないのだが、楽曲の爆発力に対して少し抑制的に映る場面があった。

流れている音楽が凄い。その事実がいちばん強く残る。

マイケルの楽曲と、伝記映画としての問い

見終わって残っているのは、映画の構造への感動よりも、マイケル・ジャクソンの楽曲への再認識だった。

『ボヘミアン・ラプソディ』以降、アーティスト伝記映画は一つのジャンルとして定着した。『ボブ・マーリー』『エルビス』、そして『コンプリートリー・アンノウン』(ボブ・ディラン)これらの作品はそれぞれ、音楽とは別の軸で物語を成立させていた。信仰と革命、搾取と孤立、60年代を生きた一人の若者の変容。音楽はその軸を強化する素材として機能していた。

この映画も同じ問いに直面している。「家族」というテーマを軸に据えようとしているが、それが最後まで貫かれているかというと、やや心許ない部分がある。映像と音楽のほとんどをマイケル・ジャクソン自身の才能が担っていて、物語の強度として何が残るかを問われると、答えに迷う。

誰が観ても楽しめる作品であることは間違いない。IMAXで観るなら尚更だ。ただ、10年後も参照され続けるだけの強度があるかというと、個人的にはまだ判断しかねる。ミュージシャン伝記映画の系譜に並ぶ一本として記録はされるだろうが、その系譜の中でどう位置づけられるかは、もう少し時間が経ってみないとわからないかもしれない。

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