『プロジェクト・ヘイル・メアリー』映画レビュー|望まない英雄と異星人の友情が、地球救済を超えていく

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』映画レビュー|望まない英雄と異星人の友情が、地球救済を超えていく

この映画をひと言で言うと

本人の意思とは無関係に英雄にさせられた科学教師が、宇宙の果てで異星人と友情を育む。地球滅亡回避というハードな前提を、ライアン・ゴズリングのチャームとロッキーとの関係性が鮮やかに塗り替える。歴代SF名作の系譜に確実に加わる、新たな定番作品。

作品の背景・前情報

監督

フィル・ロード、クリストファー・ミラー

脚本

ドリュー・ゴダード

原作

アンディ・ウィアー(小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー』)

出演

ライアン・ゴズリング、ザンドラ・ヒュラー、ライオネル・ボイス、ケン・レオン

ロッキー(声)

ジェームズ・オルティス

撮影

グレイグ・フレイザー

音楽

ダニエル・ペンバートン

ジャンル

SF、アドベンチャー

上映時間

156分

公開

2026年3月20日(日米同時公開)

配給

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント(日本)

その他注目点

ScreenX・IMAX・各ラージフォーマット向けに映像を最適化。原作者アンディ・ウィアーは『オデッセイ』(原作)でも知られる。

あらすじ

記憶を失った状態で宇宙船の中に一人目覚めた中学の科学教師、ライランド・グレース(ライアン・ゴズリング)。断片的に記憶が戻るにつれ、太陽を蝕む謎の物質「アストロファージ」を解明し地球の存亡を救うというミッションに、半ば強制的に送り込まれたことを知る。宇宙の果てで偶然出会った未知の生命体「ロッキー」とともに、命を懸けた共同作業が始まる。

地球救済より、その先にあるもの

表向きは『アルマゲドン』的な地球滅亡回避の物語だ。ただ、この映画が本質的に語ろうとしているのはそこではない。

この映画のハードさは、宇宙の過酷さや異星人との遭遇にあるのではなく、グレースが自分の意思とは無関係に英雄にさせられている構造にある。記憶が戻るたびに、自分がいかに望まない形で送り込まれたかが明らかになる。使命に目覚める男の話でも、覚悟を決めた英雄の話でもない。

SNS上の情報によれば、原作小説と比べてロッキーとの友情にフォーカスを絞った脚色が施されているという(原作未読のため直接の比較はできないが、映画単体の判断として)。この選択は正しかったと思う。地球を救うというミッションよりも、ロッキーとの関係性の方が感情的な核として機能している。二者が言語を構築し、互いを理解していく過程こそがこの映画のエンジンだ。

なお原作は上下巻に及ぶ長編で、2時間半の映画に全てを収めることは物理的に難しい。映画と原作は互いを補完し合う関係として捉えるのが自然だと思う。映画を観てから原作に向かう、あるいは原作を読んでから映像で確かめる、どちらの順番でも相乗効果が期待できる。

ScreenXで体感した宇宙の広がり

今回はScreenXでの鑑賞だったが、3方向への投影によって宇宙が横に広がり、スクリーンの枠が消える体験は想像以上だった。宇宙空間にいる感覚、というのは実際にそういう体験だった。

もともとこの映画を観ようと思ったのも、ScreenX・IMAX・各ラージフォーマット向けにそれぞれ映像をチューニングしているという情報からだった。撮影監督グレイグ・フレイザー(『ブレードランナー 2049』『デューン』)の仕事が、宇宙の光と闇の表現に刻まれている。『2001年宇宙の旅』が描いた宇宙の静寂と光の質感、あるいは『ゼロ・グラビティ』が持っていた暗闇の中の孤独感と近しいものを感じた。

大きいスクリーンで観ることを強く勧める映画だ。宇宙の広がりは、配信画面では届かない。

ゴズリングのコメディが、重さを中和する

156分、宇宙船の中でほぼ一人というシチュエーションを成立させているのは、ライアン・ゴズリングの演技の引き出しの多さによるところが大きい。

科学教師という設定をコメディに転換する技術が際立っている。状況の深刻さをゴズリングが一旦受け止め、チャームに変換して返す。その繰り返しが、重い前提を観客が消化できる温度にしている。

ロッキーのキャラクター造形も効いていた。5本の手足を持つ異形の外見だが、性格のキュートさが外見への違和感を上書きしていく。攻殻機動隊のタチコマに近い愛され方をするキャラクターだと感じた(タチコマは4本足だが、あのチャーミングな性格の設計が近い)。

SF映画の新たな定番として

この映画を観た後、頭に浮かんだ作品を並べると、同じ原作者の『オデッセイ』、宇宙の光と映像表現という点での『2001年宇宙の旅』、暗闇の中の孤独という点での『ゼロ・グラビティ』、未知の存在との意思疎通という点での『メッセージ』『コンタクト』『未知との遭遇』、そして映像スケールという点での『インターステラー』。どれとも重なりつつ、どれとも違う。

誰でも楽しめる映画だと思う。SF映画の新しい定番として、繰り返し参照される一本になるはずだ。

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