映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』レビュー|脚本・映像・音楽・演技が揃ったPTAの最高傑作

映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』レビュー|脚本・映像・音楽・演技が揃ったPTAの最高傑作

この映画をひと言で言うと

ポール・トーマス・アンダーソン(PTA)が、ディカプリオを「情けないおっさん」に仕立てることで引き出した、脚本・映像・音楽・演技の四大要素すべてが高水準で交差する2025年最大の傑作。

作品の背景・前情報

監督

ポール・トーマス・アンダーソン(PTA)

脚本

ポール・トーマス・アンダーソン(トマス・ピンチョンの小説『ヴァインランド』からインスピレーションを得て執筆)

出演

レオナルド・ディカプリオ、ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロ、チェイス・インフィニティ、テヤナ・テイラー、レジーナ・ホール

音楽

ジョニー・グリーンウッド

ジャンル

クライムアクション/ヒューマンドラマ/コメディ

その他注目点

第98回アカデミー賞に作品賞・監督賞・主演男優賞など多数ノミネート。第83回ゴールデングローブ賞では最優秀作品賞(ミュージカル/コメディ部門)、監督賞、脚本賞を受賞。Rotten Tomatoesでは批評家スコア95%を記録。

あらすじ

かつて革命家として活動した男ボブ(ディカプリオ)は、今や世捨て人のようにオフグリッドで暮らしている。そんな彼の一人娘ヴィラが命を狙われたことで、完全に「過去の人」だったボブが再び動き出す。追う者と追われる者が次々と入り乱れる中、父と娘それぞれがそれぞれの過去と向き合っていく。

作品のテーマについて

この映画の表層は追走劇だが、実際に扱っているのは「革命家だった人間の残骸」と「その残骸が親になること」のあいだにある断絶と接続だ。

白人至上主義や人種差別への批評は確かに織り込まれていて、現代アメリカの社会的文脈にきちんと接続されている。ただ、それが説教として前に出てくることはない。ショーン・ペン演じる軍人ロックジョーが担う「体制側の暴力」は徹底的に戯画化されており、PTAはその歪んだ滑稽さのなかに毒を仕込む。過激派リベラルもまた美化されない。

テーマを「議論」するのではなく、登場人物たちの行動と失敗を通じて「体験させる」作り方を選んでいる。この構造は、台詞で語るより映画的だと思う。

表現について

映画の四大要素という言い方があるとすれば、脚本・映像・音楽・演技、この作品はそのすべてを高いレベルで揃えている。なかでも際立つのが三点ある。

まずジョニー・グリーンウッドの音楽。ピアノや打楽器を用いた不協和音が、緊迫と滑稽さを同時に演出する。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来のPTAとグリーンウッドのコンビが、ここでまた別の顔を見せている。

次にクライマックスのカーチェイス。「追われる」のがアクション映画の定型だとすれば、この映画はさらにもう一段用意している。追う者がまた別の者に追われ、それが同時進行する。くねくねと起伏のある坂道を舞台にした撮影で、追っている車が消えたかと思えば坂の向こうから突然現れる。「ありそうでなかった」という感覚に近い。古典的な撮影の文法でやりきっている点が、むしろ新しく映る。

そしてディカプリオの演技。元々「王子様」的なイメージで世界に認知された俳優が、ここまで情けないおっさんをやりきっている。合言葉を忘れて狼狽したり、思い切れずに失敗したりする。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でも「頼りない男」を演じていたが、本作はその延長線上にあって、さらに振り切れている。登場人物全員のキャラクターが独立して立っているのも特筆すべきで、群像劇としての引力は『パルプ・フィクション』的な強さがある。

まとめ

観終わった後、この映画を「娯楽として楽しんでいい」という気分になる。それがPTA作品にしては珍しい。大きな予算、スタープレイヤー揃いのキャスト、わかりやすい追走劇の構造。しかしそこには、PTAが『インヒアレント・バイス』や『リコリス・ピザ』で続けてきた「時代に取り残された者たちへの視線」が静かに通底している。

2025年はこの映画の年だったと思う。「映画として非の打ちどころがない」という表現が浮かんだのは、久しぶりだった。

最高の娯楽作であると同時に、現代アメリカの病理をきちんと内包した作品でもある。個人的には、ジョニー・グリーンウッドの音楽を劇場で聴けたかどうか、それだけでも体験としての価値は十分にあった。

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