『バックルームズ』映画レビュー|黄色い部屋は人の心を複製する
この映画をひと言で言うと
1枚の写真から、ここまで話を広げた。黄色い壁紙の部屋は迷い込んだ人の精神を映す空間で、家具も部屋も、そして人も複製されていく。ジャンプスケアではなく、じわじわと来る怖さのホラーだ。
作品の背景・前情報
監督・原作 | ケイン・パーソンズ |
|---|---|
脚本 | ウィル・スーディク |
製作 | ジェームズ・ワン、ショーン・レヴィ、オズ・パーキンス ほか |
出演 | キウェテル・イジョフォー(クラーク)/レナーテ・レインスベ(メアリー)/マーク・デュプラス(フィル) |
配給 | A24/ハピネットファントム・スタジオ |
公開 | 2026年9月4日(米は5月29日) |
上映時間 | 126分 |
あらすじ | 1990年、家具店を経営するクラークは、店の地下に現実には存在しない空間を見つける。黄色い壁紙と蛍光灯に照らされた部屋と廊下が、どこまでも続いている。セラピストのメアリーとともに足を踏み入れたクラークは、そこで怪異に遭遇し、彼に関わる人物たちも巻き込まれていく。 |
バックルームズは、2019年に海外の匿名掲示板に投稿された1枚の写真から広まったネット上の都市伝説だ。黄色い壁紙、蛍光灯、湿ったカーペットの部屋が無限に続く。監督のケイン・パーソンズは、これを Kane Pixels 名義の短編「The Backrooms (Found Footage)」として2022年にYouTubeへ投稿し、7,700万回以上再生された。その短編を作ったのが16歳、本作の撮影時点で19歳だという。
筆者はこのYouTube短編を1本目だけ観ていた。バックルームズがインターネットから始まったことぐらいは知っていて、A24のホラーなら結構前衛的なものになるのではないか、という期待があった。
バックルームは、迷い込んだ人の精神を映す空間
観終わってまず思ったのは、1枚の写真からここまで話を広げたのは本当にすごい、ということだ。
なぜ、ただの部屋なのにこう恐怖を感じるのか。パンフレットでは「建築における不気味の谷」と言われていた。ロボットや人形が人の形に近づくにつれ、ギリギリ人間ではないところに恐怖を感じる、あの不気味の谷だ。バックルームも、どういった用途の部屋なのか分からない。ちゃんとした部屋なのに、違和感を覚える。そこに人は恐怖を感じる。
その部屋が何なのかについて、筆者はこう読んだ。バックルームは、迷い込んだ人の精神を映す空間。その人が潜在的に意識しているものが複製されていく。主人公のクラークであれば家具店の家具が、どんどん複製されていく。部屋も複製されて、どんどん広くなり、その人それぞれに関係のある部屋が増えていく。そして、物だけではなく、その人自体も複製される。
他にもモチーフになるものがたくさん出てくるので、そのあたりは読み解いていかなければならないかもしれない。
蛍光灯のブーンと、街を見下ろす神の視点
映像も音も、A24らしい表現だった。特に音の演出は恐怖感があった。蛍光灯のブーンというノイズが、ずっと不気味さを醸し出している。
撮影も気になった。かなり広いバックルームの空間をよく表現できていて、どうやって撮影したんだろうというのが、観ている間ずっと頭にあった。
本作は90年代の設定で、手持ちカメラによるノイズ混じりの映像で始まる。モキュメンタリーの形式で、ここは『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』をかなり彷彿とさせるシーンだ。ただ、モキュメンタリー的なシーンは一部で、途中で視点が切り替わる。
切り替わった先で印象に残ったのが、街の俯瞰ショットだ。上から、神の視点とでも言うのか、街を見下ろすカメラが入ってくる。手持ちの誰かが撮った映像と、街を上から見下ろすカメラは、同じ映画の中ではなかなか両立しないだろう。それがこの映画の面白いところなのかもしれない。あの俯瞰は一体誰の視点なのか。神であり、バックルームそのものの視点、なのかもしれない。迷い込んだ人の目で見る映像と、バックルームの側から人を見下ろす映像。視点が切り替わることで、バックルームが舞台装置として人の心を映す構造が見えてくる。
『キューブ』より『ビバリウム』に近い。新時代のホラーの根拠
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や『キューブ』は、一つの事象に対してずっと話を展開していく。本作は、バックルームズ自体について描くというよりは、主人公の心の動きを匂わせつつ、バックルームを舞台装置として描いていく。そこが新しい感覚だった。
規則的だったり不規則的だったりしながら、部屋がずっと繋がっていくところは『ビバリウム』が記憶に新しい。どちらかというと、『キューブ』より『ビバリウム』のほうが近い。海外の批評では『インセプション』と並べる声もあるが、『インセプション』は夢の中の空間を描いていて、本作も夢の中を感じる。その層では当たっている。
新時代のホラーと言い切れる根拠は、この構造に加えて、インターネット以降の感覚を恐怖に変換しているところにある。ゲーム用語で壁抜けを意味するノークリップ、現実ではありえない現象をしてしまう恐怖が本作の核になっている。夢の中で見たような、不気味で非現実的な光景はドリームコアと呼ばれるらしいが、まさにそう感じた。2000年代から2010年代に流行したヴェイパーウェイヴ的な世界観もある。人がいなくなった後のショッピングモールの音楽、グリッチノイズを使った不気味な空間音楽。そういった影響を、蛍光灯の音の演出ごと映画に持ち込んでいる。こういったジャンルはやはりA24だ。
怖さはびっくりさせるジャンプスケアではなく、じわじわと来る種類のものだ。直接的なホラーではないので、ホラーが苦手な人にもぜひ。
『キューブ』『ビバリウム』の流れに乗って、2020年代のホラーとして今後残っていく作品かもしれない。


