『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』映画レビュー|子どもをなめない99分
この映画をひと言で言うと
かわいい絵柄のまま、報復の連鎖と「仲間を助けるために他人を犠牲にしていいのか」を99分やりきった一本。ハッピーエンドとは言えない教訓譚として着地する。
作品の背景・前情報
監督 | 及川啓 |
|---|---|
原作・脚本 | ナガノ |
アニメーション制作 | CygamesPictures |
公開 | 2026年7月24日 |
上映時間 | 99分 |
あらすじ | チラシの内容を確認したハチワレは、そこに「特別な島」への招待状があることを発見する。島でのカンタンな討伐で報酬は100倍、限定の島ラーメンに限定スイーツ。うまい話に釣られたちいかわたちは島合宿への参加を決める。 |
映像化されたのは「セイレーン編」だ。2023年3月から11月にかけてXで連載された、ちいかわ史上最長のエピソードにあたる。10コマほどで1話という分量なのに延々と続き、内容も重い。連載中から、これは映画化するだろうと言われていた。
テレビアニメは「めざましテレビ」内で流れる1分程度の短編である。それが99分になった。
ちいかわの世界には討伐という仕事がある。デカツヨと呼ばれる大きくて怖いやつを倒すと報酬が出る。そして、あのデカツヨは実はちいかわのなれの果てなのではないか、という説がファンのあいだにある。原作とテレビアニメで匂わされているだけで、本作で直接明かされるわけではない。かわいい絵柄、永遠の命、過酷な世界観。この三点が揃うと筆者が連想したのは『魔法少女まどか☆マギカ』だった。あちらでは、魔女は魔法少女のなれの果てだった。
作品のテーマについて
扱われているテーマは三つある。報復からの報復という争いの連鎖。仲間を助けるために他人を犠牲にしていいのかという倫理。そして、自分では抱えきれない重大なことを知ってしまったとき、黙っていることは正義なのか悪なのかという問い。
(ネタバレ注意)この島では、人魚を食べると不老不死になる、永遠の命が得られると言い伝えられている。そして本編には、仲間を死から助けるために人魚を殺し、その肉を食べさせる場面がある。二つ目の問いはここを指している。ここから報復が始まり、報復が次の報復を呼ぶ。こういう流れで戦いは起こるのだと、観ながら思った。
特に長く残ったのは三つ目のテーマだ。現代社会でも、例えば会社の不正を見てしまったとする。告発するのが正義なのか。告発したせいで苦しむ人が出るのではないか。では黙っているのは悪なのか。じゃあどうすればいいのか。そこまで描いて、答えは出ない。
だから非常にすっきりしない。後味は悪い。
表現について
1分の短編が99分になるとき、増えた時間を何に使うのか。この映画は間に使った。
映画的な間の使い方が上手い。会話の掛け合いの微妙な間もそうで、ここを雑にする映画はたくさんある。子ども向けならもっとギュッと詰めるはずだ。しかし、詰めていない。画面が止まることで訴えかけてくる時間を、きちんと取っている。
特に思い出せるのは、ちいかわが悩む場面。テレビアニメの尺ではなかなか成立しづらい演出だ。
子どもをなめない、ということ
公開後、SNSでは「かわいい絵柄なのにショックを受ける」という反応が目立った。
ただ、この映画は観る人を選ばない。見た目はちいかわだし、夏休みの親子連れで観に行って問題はない。実際、劇場には赤ちゃんから子どもまでたくさんいた。
児童向けの枠でえぐい話をやること自体は、古くからある。絵柄の話を抜きにしても、手塚治虫の『火の鳥』がそうだった。その血を飲めば永遠の命が得られるという一点をめぐって、人間が何をするか。あの漫画はそれをひたすら描き続けた。人魚を食べれば不老不死、という本作の設定と、問いの立て方はそう遠くない。
仮面ライダーもウルトラマンもそうだ。改造されてしまった体で戦う男の話であり、人間の身勝手さを怪獣の側に背負わせる話でもあった。アンパンマンの劇場版にも、命を授かってしまった人形が「自分は何をして生きるのか」に葛藤する話がある。ドラえもんの劇場版でもたびたびやっている。
子ども向けだからといって、子どもをなめないほうがいい。
観終わった後は結構ズーンとくる。怖い話であり、教訓めいた話でもある。それでも、連載時にこのエピソードが話題になっていたのを知っている側からすると、ちゃんと作ってくれたな、という一本だった。久しぶりにえぐめの話を観た。
キャラクターは知っているがアニメは観たことがない、という人がこの機会に触れることにもなったはずだ。作品がここまで広い層に届いたこと自体、評価していい。
かわいい絵柄を使った倫理・道徳のアニメとして、ひとつの到達点にある。ここ数年のアニメ映画のなかでも傑作と呼んでいい。
