『オデュッセイア』映画レビュー|怪物は語りの中にしかいない
この映画をひと言で言うと
3000年前の神話を、全編IMAXフィルムで体験させる映画。怪物や神々は、オデュッセウスの語りの中にしか現れない。そしてトロイの木馬は、『オッペンハイマー』の原爆と重なっている。
作品の背景・前情報
監督・脚本 | クリストファー・ノーラン |
|---|---|
原作 | ホメロス『オデュッセイア』 |
撮影 | ホイテ・ヴァン・ホイテマ |
出演 | マット・デイモン、アン・ハサウェイ、トム・ホランド、ロバート・パティンソン、ゼンデイヤ、シャーリーズ・セロンほか |
公開 | 2026年9月11日 |
上映時間 | 172分 |
あらすじ | トロイア戦争を終えたイタケの王オデュッセウスは、妻ペネロペと息子テレマコスの待つ故郷を目指す。神々の怒りを買った彼の前に、一つ目の巨人キュクロプス、魔女、セイレーン、海の怪物が立ちはだかる。故郷では求婚者アンティノオスらがペネロペに迫っていた。 |
『オッペンハイマー』に続くクリストファー・ノーランの新作で、長編映画として初めて全編をIMAXフィルムカメラで撮影している。IMAX独自の1.43:1の画角をそのまま映せる劇場は、日本にはグランドシネマサンシャイン池袋と109シネマズ大阪エキスポシティの2館しかない。全編IMAXフィルムを一度は観てみたく、大阪まで足を運んでエキスポシティのフルサイズIMAXで鑑賞した。
公開前の Podcast では、ノーランが今回どう時間軸をいじるのかが気になると話していた。あらすじを読む限り、仕掛けを入れる余地が見えなかったからだ。
怪物が現れるのは、オデュッセウスの語りの中だけ
神話が元なので、当然、神も怪物も出てくる。キュクロプス、魔女、セイレーン。一歩間違えればファンタジー映画になってしまう題材だが、本作はそうならない。
物語は、オデュッセウスがカリュプソに自らの旅を語って聞かせる形で進む。人ではない何かが登場するのは、すべてこの語りの中だ。怪物が本当にいたのかどうかは、語っている本人にしかわからない。聞き手のカリュプソが精霊であることさえ、劇中では語られない。
神々の描き方も同じ線上にある。ゼウスは雷として、ポセイドンは海として現れ、人の姿はとらない。
公開前に抱いた時間軸の疑問の答えも、ここにあった。時系列の組み替えはノーランが得意とする手法だが、今回はカリュプソとの会話と、そこで語られる過去を行き来する形でそれをやっている。
ギリシャ神話に限らず、日本神話も聖書も、神話の多くは口伝えや歌で残ってきたもので、史実とは異なる。人伝てに伝わるうちに、話はどんどん盛られていったのかもしれない。怪物を語りの中に置いたこの構造からは、神話がそうやって形づくられてきた過程まで感じられた。3000年前の物語を、見事なまでに現代的な解釈で描き直している。
トロイの木馬と原爆、戦争のルールを変えた者の後悔
終盤、オデュッセウスは自らトロイの木馬を振り返る。あの作戦によって争いの在り方が変わり、何でもありになってしまった、と。
これは前作『オッペンハイマー』とかなり共通する話だ。オッペンハイマーは原爆を作り、戦争の在り方を変えてしまった。オデュッセウスは木馬という裏切りによって、争いにあった最低限のルールを壊した。どちらも、戦いのルールを変えてしまった者の後悔と後ろめたさを描いている。
もう一つのテーマは、物語が残ることだ。文明がいずれ滅びても、物語は語り継がれていく。ギリシャ神話も、今は話としてしか伝わっていないが、話そのものは残っている。それが元の『オデュッセイア』であり、この映画自体でもある。
IMAXフィルムのざらつきが、神話に合っていた
観終わった直後の感想は、神話を見た、というより神話を体験した、だった。そう感じさせたのはIMAXフィルムの映像だ。フルサイズの大画面の迫力が、3000年前の話を古臭く見せない。
IMAXのフィルムカメラは本来、駆動音が大きすぎて会話シーンには使えない。本作では防音のハウジングを作って撮影したという。ただ、フィルムは1本で3分ほどしかもたず、そのせいかカットの多い見せ方になっていると感じた。
フィルム特有のざらついた質感が、神話という題材によく合っていた。
ヘレネ役のルピタ・ニョンゴをはじめとするキャスティングには、公開前から反発が出ていた。イーロン・マスクがノーランを批判し、AIで「本来の」オデュッセイアを作ると言い出したことも話題になった。ただ、本編を観てみると全然気にならなかった。それよりも映像や見せ方のほうに圧倒される。
『TENET テネット』よりノーランらしくはない、それでも最高傑作
ノーランらしい作品と聞かれたら、筆者は『TENET テネット』を挙げる。SFで、難しく時間軸をいじる。あれが個人的なノーランらしさだ。
神話を描いた本作は、どちらかといえば『ダンケルク』『オッペンハイマー』の路線にある。その路線の中では最高傑作と言っていい。
ギリシャ神話の流れ、トロイの木馬に至るまでの経緯、登場人物がどういう人物なのかは、あらかじめ知っておいたほうが楽しめる。ゼウスの掟については劇中で何度も語られるので、観ていればなんとなく理解できる。
そして、映画館で、特にIMAXで観なければ、この映画の本質は伝わらないと思う。スマホのような小さい画面では届かない種類の映画だ。
3000年前の物語が今観ても面白い、というのもすごい。けれど、それ以上に、話が残ってきたということそのものが本当にすごいと感じた。この作品が描いていたのも、話を残していくことだったのだと思う。



