『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ <ワルプルギスの廻天>』映画レビュー|映像の到達点とシャフト濃度

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ <ワルプルギスの廻天>』映画レビュー|映像の到達点とシャフト濃度

この映画をひと言で言うと

13年明けて、これを作っていたと言われたら納得するボリュームのアニメーション表現。話そのものは分かりやすい。ただ、答えが出てしまうと、考察していた頃の楽しさは戻ってこないとも感じる。

作品の背景・前情報

総監督・監督

新房昭之・宮本幸裕

脚本

虚淵玄(ニトロプラス)

異空間設計

劇団イヌカレー(泥犬)

アニメーション制作

シャフト

公開

2026年8月28日

上映時間

120分

あらすじ

まどかへの想いから「悪魔」となった暁美ほむらが作り出した世界。見滝原市では、ソウルジェムを持たない少女が魔獣狩りを行うという異常事態が起きていた。ほむらの歪んだ日常を終わらせる存在が現れ、複数の魔女の集合体「ワルプルギスの夜」と「円環の理」をめぐって、運命がふたたび動き始める。

魔法少女になる代わりに、願いをひとつだけ叶えてもらう。ただし魔法少女はいずれ魔女になり、その魔女を倒すと膨大な感情のエネルギーが生まれ、キュゥべえはそれを利用している。テレビシリーズは、この設定を可愛い絵柄のままやりきったアニメだった。

テレビシリーズのラストで、まどかは「魔法少女という存在をなくしたい」と願って概念になる。続く『叛逆の物語』で、ほむらがその世界を作り変え、悪魔になった。本作はその続きにあたる。

前作から13年が経っている。


シリーズの成り立ちについては、Podcast「#019 『魔法少女まどか☆マギカ』について語る」でも解説しています。こちらもぜひ。


ひとりの心の動きが、世界の形を決める

比較するならエヴァンゲリオンだと感じた。主人公がどういう心の動きで今の世界を望んでいくか、という話だからだ。世界の側に理由があるのではなく、ひとりの内面が世界の形を決めてしまう。エヴァンゲリオン以降もはや一つのジャンルとなった世界系と言われるジャンルだ。まどか☆マギカはテレビシリーズの時点からその構造で、本作もそこは変わらない。


ワルプルギスの廻天というタイトルの時点で、ワルプルギスの夜とは何なのかがある程度は解決する作品になるかなとは思っていた。ワルプルギスの夜とは、作中で重要な位置にいる最強の魔女である。

そして、いざ解決するとなると、何なのかということを考察していた頃の方が楽しかったな、と感じてしまった。「あぁ、そういうことにするか」と納得もできるが、満足はできない回答だったといったところか。『新世紀エヴァンゲリオン』も、いざ解決してしまうと終わったな、という感想を筆者は抱いた。まどか☆マギカについても、こういう話か、というところに着地している。


キャラクターが結構真面目に難しい言葉を台詞で多く話すので、一見すると話がすごく難しく感じる。ところが全体の流れ、プロット自体は非常に分かりやすい。パンフレットを読むと、そこは狙っていたことのようだった。


実写のバレエが混ざる、魔女の空間

特にすごかったのは魔女の表現だ。実写の人物や体の部位などのコラージュが、そのまま画面に入ってくる。魔女の空間はテレビシリーズの時点で十分にすごかったが、確実にレベルアップしたという印象を受けた。

トカゲが出てくる。電話がある。舞台装置がある。バレエがある。ひとつひとつのモチーフをいろんなところで多用する作風で、その表現技法が良かった。細かいところまで気を配って物を配置しているので、考察のしがいがある。

話のほうは答えへ向かっていくのに、画面のほうは考える材料を増やしていく。この作品が観客に何をさせたいのかは、そちらに出ている。


湯浅政明監督の『マインドゲーム』以降の、アニメーションの中での実写との掛け合わせや3D表現。その最新型だと感じた。

まどマギらしさより、化物語らしさ

一方で、まどマギっぽくなくシャフトっぽすぎるな、と感じるところもあった。筆者が言うシャフトっぽさは、おそらく『化物語』っぽさに置き換えられる。

キャラクターが首をかしげて振り返る、よく知られたあのポーズがある。描写のカットの入れ方も物語シリーズに近い。台詞の回し方、台詞と台詞のあいだの取り方、カメラの置き方。テレビシリーズと前作の映画の時点で既にあった傾向ではあるが、それがより強くなっていると感じた。


良くも悪くも、まどか☆マギカというアニメの世界観の濃度がすごく濃くなった作品だと思う。

観る人は選ぶ

テレビシリーズと『叛逆の物語』を見ていないと、おそらく何もわからない。さらに、見ていたとしても13年ぶりなので、みんな忘れている。ちゃんと見返した人か、常にまどか☆マギカという物語を追っていた人でないと、少し難しい話ではある。

13年ぶりということもあって、キャラクターの同窓会みたいなノリも入っていたと思う。間を空けすぎたところは一つあるかもしれない。


絵で持っていかれているあいだはすごく満足できる。ただ、話としてはかなりシンプルで、物語の失速はある。パンフレットによると、もともとは前後編の企画だったらしい。今回の映画は詰め込みすぎ感があるにはあるので、話を伸ばして細かいディテールをやってもよかったかもしれない。ただそうすると、話自体がそこまで深くないぶん、薄く引き延ばされた前後編になりそうな気もする。

それでも、2026年のアニメーション表現として、一つの到達点にある作品だ。

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