大阪・関西万博2025 現地レポート|一度しかない体験を、どう過ごすか
人生で何度もあることではない。それだけで行く理由になる。
2025年5月30日、大阪・関西万博。
事前のパビリオン予約は何もしていなかった。「行けばなんとかなるだろう」という認識が、当日どう転んだのか。そして、それでも「行く価値はある」と言える根拠は何か。
体験と評価の両面から記録しておく。
予約と計画性:これが全てを決める
結論から言う。人気パビリオンの事前予約なしで臨んだ場合、ほぼ入れない。
8:45に東ゲートの最寄り駅、夢洲駅に到着。入場ゲートで約1時間を要し、会場に入れたのは9:40頃だった。
入場後すぐにパビリオンの予約を試みたが、サイトへの接続が困難な状況が続いた。ようやくつながると、GUNDAMや住友館、PASONA、null2といった目当てのパビリオンは予約不可や、すでに完売。1分以内で埋まる状況だったと思われる。
「最新技術を体験する」という万博の核心的な楽しみ方は、事前準備の有無によってほぼ決まる。当日の機動力で補える余地は少ない。
予約・整理券の情報は、XやYouTubeなどのSNSでの事前収集が実質的に必須だった。現地案内だけでは情報量が不足しており、SNSを見ていないと不利になる構造になっている。これは運営上の課題として明記しておきたい。


スマホ依存という設計の問題
今回の訪問で最も引っかかった点がここだ。
地図の確認・パビリオンの予約・待機列の状況確認・整理券の取得。これらすべてがスマホを前提に設計されている。さらに通信環境が不安定で、画面が表示されるまで待たされる場面が繰り返し発生した。
移動中、予約時間になると来場者が一斉にスマホを取り出す。列に並びながらもほぼ全員が下を向いている。「これじゃあ街と変わらない」というのが正直な感覚だった。
万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」だ。その会場で、人々がスマホに囚われ下を向いている光景は、目指すべき未来として提示されているものと、実際の体験の間にある矛盾に見えた。体験への没入が削がれるだけでなく、高齢者や子連れの家族には明確に不利な設計でもある。
SDGs的主張もわかるが、紙の地図が1枚あれば、少なくともアプリを開く回数は減らせたはずだ。

それでも楽しめた理由
事前のネガティブな印象は「人が多い」「知的好奇心がないと楽しめない」というものだった。実際は違った。
会場内を散歩するだけで、十分に楽しい。
各国のパビリオンが並ぶ敷地を歩くだけで、建築のバリエーションに目が止まる。
コモンズ館は比較的入りやすく、多くの国の展示をまとめて見られるのでお得感がある。各国の柄・民族楽器・文化的背景を短時間で横断できる構成で、アジアン・民族系の雑貨や文化に興味がある人には特に刺さる。
知的好奇心がある人だけが楽しめる場所ではない。散歩と偶然性で成立する時間が、むしろ中心にあるのかもしれない。




印象に残った体験
大阪ヘルスケアパビリオン
到着直後、たまたま空いていたので入れた。予約が必要な区画は見られなかったが、iPS細胞の展示で実際に鼓動しているものを目にした。脈打っているiPS細胞を見た瞬間、最先端に触れた体験だった。


スペイン館
こちらも偶然入れた。スペインと海との歴史的な関わりを軸にした展示で、構成がしっかりしていた。事前に期待していたわけではなかっただけに、印象が残った。

夜の会場:大屋根リングと噴水ショー
18:00ごろ、大屋根リングの上に上がった。万博会場全体を見渡せる高さと視野で、建築物としての圧巻を感じた。人の流れを上から見る体験は、12時間の滞在の中で最も「来てよかった」と感じた瞬間のひとつだ。
夜には噴水ショー『アオと夜の虹のパレード』をたまたま近くで見ることができた。投影技術の完成度は高く、見応えがあった。
そして退場時、ドローンが「One World. One Planet.」のメッセージを夜空に描いた。


総合評価と次に行くなら
体験としては良かった。運用上の課題は多く残る。それでも、行く価値は十分にある。
人生で何度もあることではない規模の体験が、大阪の地にある。スマホ依存の設計への違和感は残るが、それもひっくるめて「この時代の万博」の記録だと思えば、行った意味はある。事前準備さえ整えれば、満足度はさらに上がるはずだ。
あとミャクミャクは可愛い。
